2016年、タロットを重要なモチーフとしたファンタジー漫画『サングリアル~王への羅針盤~』が誕生!
9月12日にその第2巻が発売されるということで、帯のコピーを手がけた鏡リュウジさんが、作者の寺山マルさん、監修協力をしている占い師の田波有希さんと初対面しました。
漫画の舞台は中世ヨーロッパ。王族の姫君と、貧民街で暮らす謎めいたタロット占い師の出会いから始まる魅惑のストーリーに興奮を隠せない様子の鏡さんが、寺山さん、田波さん、そして担当編集者の瀬尾さんに様々な質問を投げかけます。
作品づくりの舞台裏はもちろん、タロットの豆知識や歴史的背景、さらには占いとの上手な付き合い方にまつわるお話まで飛び出して…。
今回はタロットの歴史やカードの意味にまつわるエピソードなど、占い好きにはたまらない話題がテンコ盛り。トランプについてのちょっとびっくりなお話も飛び出します。
☆漫画家の寺山マルさんからスペシャルプレゼントもあるので、ぜひ最後まで読んでくださいね!
『サングリアル』というタイトルが生まれたワケ
鏡リュウジ(以下/鏡):もしかしたらネタバレになるかもしれないから聞いていいのかわからないのですが、タイトルの「サングリアル」という言葉は相当、重要なキーワードなんですか?
僕からすると、これは実はかなり衝撃的なタイトルなので、うわ~っと興奮しちゃいまして。
寺山マル(以下/寺山):そうですね。あまり詳しくはお話できないのですが、「サングリアル」…つまり「王家の血筋」というのは、今後の展開の中で大きな位置を占めていきます。「血」がキーワードですね。
瀬尾亞佑(以下/瀬尾):タイトルをつけるときは、かなり悩みました。寺山先生と田波さんと私、3人がそれぞれ何十個も案を持ち寄って。
田波有希(以下/田波):1人50案は出しましたよね?
瀬尾:その中で、寺山先生が出した「サングリアル」は、ダブルミーニングもあってかっこいい!ということで、こちらに決まりました。
鏡:なるほど。「サングリアル」は「血」「王家の血」の意味ですが、「サングラール」というと「聖杯」のことですよね。だから聖杯伝承と関わっているのかな?と。それからマニアックな話をすると、イギリスに「サングラール・ソサエティ」というタロットを作っている秘密結社があったりもします。
そして、何と言っても「ウェイト版」のタロットを作ったウェイト(※1)が、「聖杯伝承はタロットのルーツだ」と言ってるんですね。そういうことも背景にあるのかな?と思いました。
田波:そのあたりのことが簡単に書かれた本があったので、寺山先生にお渡ししました。先生はそれを読んでからストーリーを作ってくださったんです。
寺山:はい、いろいろと参考にさせていただきました。
謎の占い師キルケの人物づくり
編集部:こちらの作品では、主人公のアンを導く占い師のキルケが重要な存在として描かれていますよね。キルケを女性にしたのはなぜですか?彼女の人物づくりについて、きっかけなどあれば教えてください。
寺山:アンは王子だけど最初は女の子として登場し、王座を目指すことになっても、やっぱりどこか女の子っぽいところがあります。そんなアンの傍にいて背中を押してあげる、斜め後ろの微妙な存在は強い女性であってほしいなと。そんな私の憧れを込めて描きました。
編集部:キルケという名前の由来は?
寺山:ギリシャ神話の女神の名前です。
鏡:ホメロスの『オデュッセイア』にもキルケという魔女が登場しますね。(漫画を)読んでいて、キルケは裏の主人公という印象を受けました。アンと表裏になっているような。
寺山:そうです、そうです。
編集部:ちなみに、『サングリアル』はどんな方に読んでほしいと思いますか?
瀬尾:この漫画を連載している「月刊!スピリッツ」は男性読者さんが多い雑誌ではありますが、女性の読者さんも結構多いんです。占いを題材としていますし、ロマンチックな内容なので、20代・30代ぐらいの女性に読んでいただきたいという想いはありますね。
占いに興味がある方はもちろん、ない方にも「占いっていいな」と思ってもらえたらうれしいです。アンと同じように悩んでいる人が、一歩前に進むために背中を押せたらと考えて作っています。
タロットは占いのツールではなかった?
編集部:キルケは主人公のアドバイザー的な存在として描かれていますね。歴史において占い師が権力者に寄り添い、アドバイスをするというケースはたくさんあったと聞きますが、実際、タロットはいつ頃からどのような使われ方をしてきたのでしょうか?
田波:現存する最古のタロットカードは15世紀頃のものと言われていますよね?
鏡:そうですね。ただ、もともとタロットは、占いではなくゲームや観賞用のものとして使われていました。15世紀頃から占いに使われていたという説もあったのですが、それは後世の人が勘違いして流布した、誤った情報のようです。今は、占いのツールとして使われ始めたのは18世紀以降と考えられています。
だからカードそのものには歴史があるけれど、占いのツールとしては比較的新しい存在です。一方、占星術師は古くから政治と深く関わっていました。
鏡:18世紀、フランス革命の頃にカードが占いに使われるようになり、その時期に「ルノルマン・カード」(※2)で知られるルノルマンという女性が、王家の人々やナポレオンの奥さんなどを占ったという話が残っています。
とはいえ、具体的にどれくらい政治との関わりがあったかは不明です。恐らく、当時の貴族の大半は占星術を支持していたのではないかと思います。
編集部:最初は占いのツールではなくゲーム用のものだったんですね?
田波:「マルセイユ版」は、ずっとトランプ的な扱いをされているみたいです。
鏡:そう。今でもカードゲームとして使われていて、イギリスの田舎に行くと、おじいちゃんが将棋を指すような感じで遊んでいるんですよ。
一同:へぇ~。
鏡:ゲームと占いって構造としては似ていますから、占いのツールに発展していったのは当然と言えば当然かもしれません。ちなみにタロットには大アルカナと小アルカナがありますが、もともとは小アルカナと呼ばれるトランプのような数札(かずふだ)が先に存在したんですよ。
寺山:え?小アルカナが先にあったんですか?
鏡:はい。イスラム起源の4つのスートのカードなんです。それが今のトランプに進化していく流れの中で、イタリアで20数枚の絵札(※3)が加えられ、タロットが発明されました。
そして15世紀頃に今と同じようなタロットが登場したのですが、その時に絵札として選ばれたのは、当時ルネッサンスで大流行していた、抽象概念を絵にした、誰が見てもわかる花札みたいな絵柄でした。
なお、ルネッサンス期には、それこそディズニーランドのパレードみたいに、タロットの「恋人」のモチーフなんかを山車に乗せて行進したりしていたそうです。
一同:ほぉ~。
トランプはゲームの名前ではなかった!
鏡:当時、タロットという言葉はまだなくて、「トライアンフ」や「トリオンフィ」と呼ばれていました。勝利を表す言葉ですね。これが今のトランプの語源で、「切り札」「勝ち札」といった意味があります。
鏡:トランプは英語では「プレイング・カード」と呼ばれ、「トランプ」と言って通じるのは日本だけです。要するに江戸時代、ポルトガル人が「UNO」のように「トランプ、トランプ」と言っていたのを聞いた日本人が、「なるほど、これはトランプと言うのか」と勘違いしたわけです。
寺山:面白いですね!
鏡:あと、ルネッサンス期にフランチェスコ・ペトラルカという詩人がいたのですが、彼は「トリオンフィ」という詩を書いています。その詩には、最初に「愛」が登場するのですが、「愛」は「死」に負けちゃうんです。でも「死」は「名声」に負ける。
瀬尾:「死」は「名声」に負けるんですか?
鏡:「死」の後に「名声」が残るじゃないですか。
一同:あー!
鏡:「名声」の後には「時」が出てきます。「名声」も「時」には負けてしまう。そのように順番に勝っていくんですよ、というシリーズがあるんです。
寺山:すごい哲学的ですね!
鏡:そこに出てくるモチーフが、ほぼタロットと共通しているんです。タロットには「隠者」のカードがありますが、昔あのカードには「時間」という意味があったんです。
田波:なるほど。
謎に包まれるタロットの真実
鏡:トランプの語源はわかるけど、「タロット」の意味は、実は未だにわかっていないんです。謎の言葉だったので、昔、ジェブラン(※4)という人物が古代エジプト語だと誤解し、その説が広まりました。
田波:私もそれ、何かの本で読みました。
鏡:ジェブランは1781年にその説を発表し、この年はタロットの歴史の決定的な転換点となりました。当時パリでは古代エジプト文明が大流行していたため、何でもエジプトに結びつけて考える風潮があったんです。
鏡:そのときに生まれたタロット・エジプト起源説がいろいろな人のインスピレーションをかき立て、そこから占いに使われるようになったり、魔術に使われるようになったりしました。
実際のところ、当時は古代エジプト語が解読されていなかったので、ある意味、好き勝手言える部分があったんですよね(笑)。
田波:あはは。確かに。
その時代の話は調べていくと本当に面白いなと思います。ウェイトが所属していた「黄金の暁団(黄金の夜明け団)」にまつわることなんかも興味深くて。
私は歴史が好きでいろいろな本を読んできたのですが、その中で占いに関係あることはもちろん、それ以外も参考になりそうなものがあったら、寺山先生にお渡ししているんです。
編集部:なるほど。では、寺山先生も結構、歴史的な背景について学ばれているんですか?
寺山:そうですね。いただいた資料を一生懸命読んでいます。
鏡:「黄金の暁団」、つまり「ゴールデン・ドーン」の話が出たので補足説明しますね。
ウェイトというのは、先ほど言っていた「ウェイト版タロット」をつくった人物ですが、彼は独自の思想を持つ学者だったし、ヘブライ語やラテン語の翻訳も得意だったそうです。
田波:それはすごい!
鏡:だからアカデミックな分野で尊敬され、結社とは関係のない人たちにも一目置かれていました。あと、「ゴールデン・ドーン」にはノーベル賞を獲ったイェイツ(※5)もいましたね。
田波:私は占いの学校などで学んだわけではなく、独学で占い師になったので、どのカードが優れているか、というのを教えてもらったことはないんですね。でも、いろいろ使ってみたところ、「ウェイト版」はすごく完成度が高いなと感じました。
田波:一つ一つの絵柄にきちんと意味が収まっているのに、デザイン力も高くて、解説も一本筋が通った感じがするし、本当に良くできたカードだなと思います。
鏡:僕も「ウェイト版」、好きです。スミスさんという人が絵を描いたから「ウェイト・スミス版」とも言いますね。ところでみなさん、あまりマニアックなタロットの話になっても難しいんじゃないかと思うのですが、大丈夫ですか?
瀬尾:いえ、とても面白いです。
寺山:もっと聞きたいです!
【編集部註】
※1 アーサー・エドワード・ウェイト。数秘術・魔術などの文筆家。「ウェイト版タロット」の制作者として著名。
※2 ルノルマンの名を冠したオラクル・カード。
※3 「20数枚の絵札」…現在、大アルカナは基本的に22枚と考えられているが、明確な決まりはなく20数枚とされている。
※4 アントワーヌ・クール・ド・ジェブラン。1781年に『原始世界』を刊行し、「タロット=トートの書」説を発表。
※5 ウィリアム・バトラー・イェイツ。アイルランドの詩人、劇作家で、イギリスの神秘主義秘密結社「黄金の夜明け団」のメンバー。
次回予告
というわけで、マニアックなタロットのお話がもう少し続きます。ぜひお付き合いください!漫画に登場するオリジナル・タロットにまつわる秘話もお届けする予定です。
★色紙プレゼント★
漫画家の寺山マルさんが描いた色紙を1名様にプレゼント!
応募期間は終了しました。
ご応募期限:2016年9月27日(火)
鏡リュウジ
1968年、京都生まれ。国際基督教大学大学院修了。占星術研究家・翻訳家。
京都文教大学客員教授。平安女学院大学客員教授。
日本トランスパーソナル学会理事。英国占星術協会会員。
著書に『鏡リュウジ 星のワークブック』(講談社)、『オルフェウスの卵』(文春文庫)、共著 角田光代『12星座の恋物語』(新潮文庫)、訳書にヒルマン『魂のコード』(河出書房新社)、サバス『魔法の杖』(ヴィレッジブックス)ほか多数。