「第二ボタン」 恋愛短編小説『恋百色』 第16話

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恋百色

誰かが誰かを好きになって、ちょっぴり涙する。そしてピョンとはずむ。いつもより少しだけ高く。
誰かがあなただけに打ち明ける、失恋ショートストーリー

第1・第3曜日更新

作・みよろり

第16話「第二ボタン」

 とうとう3月15日が来てしまった。予想通り終わりの日になるか、万が一のことがあって始まりの日になるか。永田高等学校、第56期生卒業式。私の心の恋人、山本徹先輩も今日で卒業しちゃう。

 スポーツ万能、学校屈指のイケメン、おまけに勉強もできて、お金持ち、卒業後は東京の私立の医大に進学するって、どんだけっ。もちろん私なんかが手を出せるような人じゃないってことぐらい百も承知だし。重々分かった上で告白するんです。

 占い通り、前髪はストレートにした。爪も切った、リップも塗った。歯は3回も磨いた(もしかしてもしかしてキスだってないとは言い切れないから!)。貰った第二ボタンを包む新品のハンカチ(シルク100%)も用意した。

 トイレで睫毛を上げた後、紅白幕に彩られた体育館へと向かう。在校生と保護者たちが、少し緊張しながら卒業生を待っている。早く来て欲しいような、まだ来て欲しくないような、そんな気持ちで私も徹先輩を待ち構えるの。

 音楽の田端先生がピアノの伴奏を始めると、割れんばかりの拍手に迎えられて、入場する3年生。3年1組、3年2組、そしてそしてさわやか3組! 

 来た、来たわ、徹先輩が。春風になびく無造作ヘア、黒いダイヤと私が呼んでいる眩しい瞳、隙間無く整列している白い歯、いつも通りの完璧な笑顔。そして、……ある! 第二ボタンも、ちゃんと付いてる。今日私が告白して、どうしても貰わなくちゃいけないボタンがキラリと光っている。

 市長からの祝辞やPTA会長の挨拶、校長のありがたいお話、在校生からの贈る言葉、色々あったけど、私はただじっと徹先輩の背中を見守った。こんなに長い時間、徹先輩を見続けるのは体育祭以来。体操着姿以上に、やっぱり詰め襟姿がよく似合う。前ばかりを向いて、顔が見えないのが残念だけど、卒業証書授与の時は声も聞けたし、横顔も見えた。あぁ、本当に卒業しちゃうのね。私は急に寂しくなった。

 あっと言う間に卒業式が終わって、卒業生も私たち在校生もいったん教室へと戻された。チャンスは今しかない。私は教室を抜け出して、3年3組へと向かう。

 教室は騒がしい。卒業の悦びを分かち合っている3年生たち。廊下のガラス窓から徹先輩を探す。でも、見つからない。どこよ、どにいるの? 後ろのドアを開けて見回しても、やっぱり徹先輩はいない。私は眉毛の太い小太りの先輩に訊ねた。

「保健室、行ったよ」

 卒業式ではあんなに元気そうだったのに、どこか具合が悪いのか、それともはしゃぎすぎて怪我でもしちゃった? 私は徹先輩を心配しながら保健室へと走った。

 保健室のドアを開け、勢い良く飛び込んだ。ドンっと黒い、壁に、いや、胸に、同じタイミングで保健室から出て来た徹先輩の胸に、私はぶつかった。「あ、ごめん、大丈夫?」と徹先輩が言った。頭がグラリとしたのは、ぶつかった衝撃のせいじゃない。ショックだったのよ。だって、徹先輩の第二ボタンが、その時すでに無かったから。私はメマイに襲われて、膝をついた。

「栗原さん、どうしたの?」

 保健の礼子先生が、ベッドに横たわる私に声を掛ける。「貧血かしらね」と私の顔を覗き込む礼子先生。私はとにかく混乱していた。徹先輩の第二ボタンが無くなっていたこと。そしてそのボタンが、礼子先生のデスクの隅に置いてあることが!

 どうして、どうして? 全然分からない。分からないわ。いや、分かる、分かってるのよ。たぶん、やっぱり、案の定、噂通りに、徹先輩は礼子先生が好きだったのね。そして卒業式の今日、告白し、第二ボタンを礼子先生に渡したんだ。

 保健室の白い天井を見ながら、私は口を開いた。「先生、私、今日好きな人に第二ボタンを貰うつもりだったんです」礼子先生は机に置いていたボタンを静かに引き出しにしまった。「そう。あなたが欲しいと言えば、どんな男の子だって喜んで第二ボタンを渡すと思うわ」礼子先生はいつだって綺麗で、そして優しい。「どうして、一番上のボタンじゃなくて、第二なんですか?」「心臓に一番近いからだって、聞いたことある」

「どうするんですか、そのボタン」

「なんだ。知ってたの…」沈黙が続いた。「私、山本くんの気持ちには応えられないけど、心には留めておくわ。心に留めておくことが私にできる精一杯の返事よ」

 心に留めておくことが、精一杯の返事。その言葉が私の迷いを吹き飛ばした。私は背筋を伸ばして、保健室を出た。今頃、卒業生たちは正門で記念写真を撮っている頃だろう。私も予定通り気持ちを伝えようと走って行った。フラれるのは間違いない。でも、良いのだ、告白しよう。卒業した後も、徹先輩の心に私を留めておいて貰おう。ボタンみたいに。徹先輩のあの胸に。 

〈第16話「第二ボタン」おわり〉

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次回予告
第17話「アネモネの花」 4月2日(水)更新

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みよろり
関西出身、牡牛座、AB型。広告代理店、出版社を経て、フリーライターに。世間の幸と不幸を吸収し、ゆるりと執筆中。

 

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