2018.02.08

暴走族総長から落語家に!~「真っ直ぐな男」落語家・瀧川鯉斗【木曜インタビュー ただし、イケメンに限る】vol.1

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木曜インタビュー、ただしイケメンに限る

日々、忙しく過ごしていると身も心も疲れちゃいますよね。「もうしんどい」「何もしたくない」そんな女性のみなさんに最高の癒しのご褒美=イケメンのインタビューをお届けします。

しかも、そんじょそこらの、やわなイケメンではありません。登場するのは酸いも甘いも噛み分けた「大人のイケメン」ばかり!

毎週木曜日は、ココロニプロロ編集部が厳選したイケメンたちの人生や仕事・恋愛にまつわるお話に耳を傾けてみましょう。そこにはあなたの恋や仕事に活かせるヒントが隠れているかもしれません。

瀧川鯉斗

暴走族総長から落語家に!やんちゃ系イケメンの素顔に迫る!

第1弾は「落語界No.1イケメン」の呼び声も高い瀧川鯉斗さん。元暴走族総長という異色の経歴を持つ若手落語家さんです。

編集部スタッフはとある落語会で、その内面からにじみ出るような色気にノックアウトされてしまい……。暴走族時代の衝撃的な体験談から落語との出会い、現在の仕事のこと、恋愛観まで驚きのエピソードの数々をご堪能ください。

Q.1 まずは簡単に自己紹介をお願いします

はじめまして。瀧川鯉昇門下の瀧川鯉斗と申します。今34歳です。いつも落語をするときは、僕なりのフィルターを通してわかりやすくお話しするよう、心がけています。
同世代とか若い人たちに落語を知って楽しんでいただけたらいいなと思いつつ、高座に上がっているので、時間があるときはぜひ、寄席や落語会にお出でくださるようお願い申しあげます!

Q.2 覚えている中で一番古い記憶はどんなこと?

◎巨大なゴミ箱がお気に入り
実家の目の前に自動販売機があって、その横に大きなゴミ箱があったんですね。2~3歳の頃、そこが好きだったみたいで、中に入ってポーズを取ったりしてた、というのを覚えています。
あと、チョコボールを鼻に詰めて取れなくなったりとか、そんなことばっかりやってましたね。

◎カード集めにハマった幼少期
もう少し大きくなってからは、『ドラゴンボール』のカードを集めるのにハマってました。デパートの入口のところに、『ドラゴンボール』のキャラクターのカードだけが入ってるガチャガチャがあって、お小遣いをもらうとカードを買ってたんです。

それを家の廊下に並べて、どのキャラが強いかって比べて遊んだりして。ギニュー特戦隊の5人が並んでるカードとか、アニメのかっこいいシーンを描いたカードとかを見るのも好きでした。

Q.3 子どもの頃の将来の夢は?


◎県代表のサッカーチームにスカウト
スポーツ選手になるのが夢でした。特にサッカー選手になりたかったですね。試合を見るのも好きだったし、自分でもサッカーをやってました。小学校3年生ぐらいからゴールキーパーだったんですけど、ものすごく楽しくて。
リトルリーグに入ってて野球選手も憧れたのですが、やっぱり夢はサッカー選手かな。

中学生になったとき、サッカー愛知県代表の監督が大会を見に来て、その方にお声がけいただいて、愛知県代表のチームに入りました。Jリーグの名古屋グランパスエイトってチームの伊藤祐二選手に教わってたんですよ。「君センスあるね」なんて言われたりして(笑)。

◎プロの技に圧倒されサッカー熱が上昇
当時、こっちは中学生で伊藤選手はプロの選手じゃないですか。練習してるときに何がすごいって思ったかというと、そのボールのスピードしか覚えてないんですよ。伊藤選手が普通に蹴るボールのスピードが早すぎて、とにかく圧倒されてましたね。プロってこんなに早いボールを蹴るんだ!って。

そういうこともあったので、絶対にサッカー選手になりたいと思ってました。その頃はJリーグが人気で、今のレアル・マドリードくらい盛り上がってたんです。テレビで見てかっこいいなと思ってたら、実際にJリーグの選手に教えてもらえたから、より頑張ろうって気持ちになりました。

◎お相撲さんとフットサル!?
サッカーは今も好きです。たまに芸人仲間に声をかけてもらって、フットサルをやることはありますね。落語家はそんなにいないんですけど、メンバーには漫才師やお相撲さんがいて、一緒に走り回ってます。お相撲さんのパワーはすごいですよ。動く壁って感じで(笑)。

Q.4 暴走族に入る前はどんな男の子でしたか?

◎クラスのやんちゃな人気者時代
まさにさっき言ってた通り、サッカー少年ですね。ずっとサッカーをやってて、でも夜はやんちゃな人たちと遊んで…っていう生活をしてました。

とりあえず、やんちゃだったかな。中学のときは目立つタイプのグループにいる人って感じでしたかね。と言いつつみんなと仲良くて、生徒会長とも友達で。
やんちゃすると、生徒会長が「やめろよ」って言ってくれるような、いいコミュニケーションを取れる位置にはいたと思います。みんな和気あいあいとしてました。

中学時代はキムタクがブームで、サーファーっぽい雰囲気が流行ってました。ダボッとした服にロン毛でワラビーを履いてっていうのがかっこよかったんです。
なので制服はそういうふうに着てました。ちょっとデカめのズボンを腰パンして。その着方をすると、昔のヤンキーとかじゃなくて、ちょっとオシャレな人だなって感じに見られてたんです。

◎自由な校風の中、のびのびと
田舎だけど、なんだか自由な学校で食堂がありました。食券を買うとラーメンやうどんを食べられるし、弁当を持って来てもいいし、どっちでもOKだったんです。
土曜日は午前中に授業が終わって、それからサッカーの練習をしてたのですが、弁当を持ってないときがあって、そういう日は母親が吉野家の牛丼を渡しに来たりしてました。そんなゆるい感じでしたね。

学校も楽しかったし、放課後も楽しかったな。先生は情熱的でやんちゃな人が多くて、サッカーの監督も熱心で。「学校に内緒だぞ」って夏休みの間、海の近くで一週間くらい合宿をしてくれたりして、それもよく覚えてます。

Q.5 暴走族時代のことで印象に残っていることを教えてください

◎名古屋市内の暴走族はみんな仲良し
僕はスペクターというチームだったんですけど、市内には他にも、流星とかナイトフィーバーとかホワイトパンサーとか、いろいろな暴走族がいるわけですよ。で、名古屋市内のチームは全員仲がいいんです。

みんなでバイクで走るときは、他のチームに「今日は僕らが主催するよ」って電話をかけます。「いつも通り、12時に集合だからよろしくね」と言うと他のチームも来てくれる。そして全員で走るんですよ。
僕らのチームは50~60人で、他のチームもそれぞれ50~60人いるから、要は200人くらいで走ってたんです。

◎「バイク=楽器」!音を競う
走るときのスピードは、時速10kmくらいとゆっくりでした。早さを競ってたんじゃなくて、“ふかし”がうまいかうまくないかを競ってたんです。「コール」って言うんですが、楽器みたいなもんですよね。
マフラーも高音が出るものがあったり、低音が出るものがあったり、その流行りすたりもあって本当に楽器ですよ。

◎ケンカの現場はまさかの平和公園
ちなみに名古屋市内の暴走族は仲がいいけど、名古屋の暴走族と三河の暴走族はすっごい仲が悪いんですね。それで、三河の奴らが三河連合って書いてある特攻服を着て名古屋の街を走って行くと「なんだ、あいつら?」となって、捕まえてボコボコにしちゃったり。

相手は「覚えてろよ」って帰ったんですが、後日、連絡があって「やった奴は誰だ?」って言われてケンカすることになったんです。
日にちを決めて、名古屋市のだだっ広い公園に、向こうもこっちも100人ずつくらい集まって。もう誰が仲間で誰が敵だかわからないんで、パッと見でわかるように赤いタオルを巻いて行きました。

で、向こうがバァーってバイクから降りて来た瞬間、もみ合いになって。ケンカが始まったけど、途中でらちが明かないからもうやめろ、総長同士でケンカしろって話になり、最後は一対一でやり合いました。その公園が「平和公園」って言うんです(笑)。

◎お巡りさんに捕まらなかった思い出
暴走族の用語に「ケツ持ち」っていうのがあるんです。走ってると、後ろから警察が追って来るじゃないですか。その警察が前のほうに行くのをガードする役割のことですね。

僕、その係が好きだったから、よくやってたんですが、それで捕まりそうになったことがありました。市内を走ってるとき、もう常連なんで、警察の人も僕の名前を知っててスピーカーで呼ばれるわけですよ。
本名は直也なので「直也、お前、この野郎。止まらないとパクるぞ」って脅しをかけるんです。

僕は少年Aながら気づかないふりをしてます。そんなとき、エンジントラブルが起きちゃったんですね。仕方がないのでバイクを降りて押し始めました。
そうしたら、パトカーの赤色灯がすぐ後ろに近づいてきた。僕の姿が見えなくなったから、急に警察の運転が荒くなったんです。

警察がどんどん近づいてくるから、これはもう捕まるって思うじゃないですか。仲間のバイクに乗れないし、どうしようかな?でも仕方ない。捕まってもいいやって考えてそこに立ってたら、こっちに気づかず、通りすぎて行っちゃったんです。

きっと動いてるものしか見えなくなってたんでしょうね。「パクるぞ」って言ってたのに捕まえないんだ!? っていうのは、かなり衝撃的でした。

◎覆面パトカーと追いかけっこ
あとは岐阜で捕まりかけたことがあります。特攻服を着て何かしてたんですけど、総長っていうのは、一回捕まったら無条件で少年院行きなんですね。それはイヤなんで覆面パトカーが来たとき、とりあえず走って逃げたんです。

そこは田んぼや工場が多い街だったのですが、そういうときって、追われる側はものすごく走れるっていうか、『ドラゴンボール』でいうと、サイヤ人になったような勢いで体が覚醒するんですよ。

走ってて、パッと見たら塀があったから登ろうとしたんだけど、焦っててなかなか登れない。向こうから追って来るのが見えて「やべーっ」ってなってたら、なんとか登れて、落ちたところが田んぼでした。そこからさらに進むと前が竹やぶだったんですね。

隠れてると警察が「出て来ーい」って言うんですよ。そのうち何も聞こえなくなったから道路に出て、そこにあった自販機でジュースを買おうと思って120円入れた瞬間に、サイレンの音が鳴って、すぐ近くに覆面パトカーが見えたんです。

そのジュースも拾えないまま、走って工場の敷地に入りました。また「出て来ーい」って言われるし、こっちも、隠れてても聞こえるくらい「ぜいぜい」言ってるから、一瞬、出ようかなって考えた。けど、当時、彼女もいたし、捕まったら会えないなと思ってもう少し頑張ることにしたんです。

そうこうするうちに警察がいなくなったから、大通りに出ました。ブラックライトが煌々と輝く車が見えたので、それを止めて乗せてもらったんです。
「どこの族?」「スペクターです」なんて話したら「名古屋まで送るよ」って言ってくれて。優しいお兄さんでしたね。

こっちは田んぼの中にいたから泥だらけだったけど、相手は気づかなかったみたいで。白い特攻服が黒くなってたのですが、ブラックライトで反射して見えなかったんでしょうね(笑)。


想像を絶するほど“やんちゃ”だった10代の頃の鯉斗さん…。続いては、17歳で暴走族を解散させた後のエピソードをお届けします。上京した理由とは?そして落語家さんになるに至ったきっかけって?

【続きは2月15日公開】お楽しみに!

瀧川鯉斗
プロフィール
瀧川鯉斗

落語家。公益社団法人落語芸術協会所属。愛知県名古屋市出身。
高校時代からバイクに傾倒し、17歳で地元暴走族の総長となる。
2002年、役者になることを夢見て上京。新宿の飲食店でアルバイトをしているときに現在の師匠瀧川鯉昇の落語独演会を見て感銘を受け、その場で弟子入りを直訴する。
2005年に前座。2009年4月、二ツ目昇進。
テレビドラマ「タイガー&ドラゴン」の小虎、テレビアニメ「昭和元禄落語心中」の与太郎を地でいくような、注目の若手落語家である。

Twitter:@koito0125
Instagram:koitotakigawa


 

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