2015.03.05

「人並みの幸せすら手に入らない」 雨宮まみの“穴の底でお待ちしています” 第19回

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穴の底でお待ちしています

誰にも言えない、けれど誰かに言いたい、そんな内緒の悩みやモヤモヤ、しょうもないグチからやりきれないつらさまで、穴を掘ってこっそり叫んでみたい気持ちを発散する、「感情の吹きだまり」……。そんな場所がこのコーナーです。あなたのやるせない気持ちを、安心してブチまけてみませんか? 雨宮まみが聞き手をつとめます。長文の投稿歓迎いたします。

(ぽこにゃん/20代後半/女性)
不幸の星の下に生まれ落ちてしまって、これから幸せになれる気がしません。今26歳です。昔から不運続きで人並みの幸せにありつけたことがありません。

例えば、大学受験は入試シーズンに病気になり、第一志望の国立大学を受けられず、第二志望の大学通うことになったり、学生時代の長期休暇に限って体調が悪くなり入退院を繰り返したり。極めつけは、大手企業が採用活動を始める4月1日に父が危篤になり逝去、その後は葬式やら相続やらで面接を受けられませんでした。でも、受けられる企業は父が死んだ悲しみを絶対顔に出さないように歯を食いしばって受けました。

普通の学生だったら、何事もなくにこにこして本来の自分を出して面接できるんだろうなーとか思うととっても悔しくて、周りののほほんとしている同級生がずるいなと思いました。結果、中堅の銀行に就職しました。でも、その企業は体育会系気質の会社で、ノルマを達成できないと責められ、苦しかった。しかも、男尊女卑の銀行でセクハラパワハラは当たり前。結局1年半でやめました。今は非正規雇用の社員になり、実家に戻って母と二人で暮らしてます。

この年になって、結婚ラッシュが来ました。父のいない私はバージンロードを父親と歩く友人を見るたび、自分の不幸を思い知らされ、結婚式の新郎新婦紹介で大手企業の名前が出るたびに、劣等感を抱くと同時に「お前ら就職試験のとき親が死んだり、突然の不幸がなかったから受かったんだぞ?」と心の中で馬鹿にしています。ちなみに、祖母祖父ともに他界し、一人っ子なので家族は母しかいません。今、恋人もいますが、プロポーズをしてくる雰囲気なんてないし、結婚も考えてなさそうです。

周りはみんな幸せそうなのに、どうして私だけ人並みの幸せすら手に入らないのでしょう。先日結婚した友人が妊娠しました。正直、流産して苦しみを味わって、不幸のどん底に落ちろと思います。母は、起こったことはポジティブに自分の肥やしになっていると考えなさいと言ってきますが、そんなきれいごと絶対信じない。自分の未来を信じて、挑戦することで自分は変えられるとかバカみたいな女性の雑誌では言ってるけど、どうせ不幸になるならと思うと、挑戦してもお金をドブに捨てるだけだし、と思ってしまい、何もやる気が起きないです。雨宮さんどう思います? ぶった切ってくれても寄り添ってくれてもどっちでも構いません。

(※投稿内容を一部、読みやすいように編集させていただきました。)

あらあら、荒れてますねぇ……。お酒出したら手の甲に塩ふってテキーラあおりそうな雰囲気ですね。こんなもん飲めるかって感じかもしれませんけど、ストレスで内臓荒れたらいけませんから、スムージーでも作りましょうか。ヨーグルトと、季節だからいちごでも入れてみましょうね。ハチミツで甘さを足して、はいまずこれどうぞ。

まず、たぶん誰もが思うことでしょうが、「不幸の星の下に生まれ落ちてしまった」とおっしゃるわりに、ぽこにゃんさんの人生はそれほど不幸には見えないんですよね。お父様のことはお辛かったでしょうが、第一希望の大学に行けなかったとか、長期休暇に病気をしたとか、今は非正規雇用の社員で、恋人がプロポーズをしてくれないとか、そういうことは、ぽこにゃんさんの言葉をお借りして言うなら、「人並みの悩み」に見えます。

もちろん、もっと大変な人がいる、なんて言われたって気持ちが晴れないことはわかっています。ぽこにゃんさんが傷つき、苦しい思いをしておられるのはまぎれもない事実ですから、それを軽視するつもりもありませんし、たいした悩みじゃないと切り捨てるつもりもありません。

けれど、実家に住んでいて、手を伸ばせば届くところに家族の愛情があり、非正規雇用ながらも仕事ができていて、恋人がいて……。なんだかぽこにゃんさんの状況を聞いていると、「私のほうが不幸なんじゃ……?」と思えてくるんですよね。

たぶんそう言えば、ぽこにゃんさんは「そういう問題じゃない」とおっしゃるでしょう。比較というのはやっかいなものです。ぽこにゃんさんが感じておられる「不幸」は、周囲の人のレベルから割り出した「人並み」に対する不幸であって、フリーで仕事をしている人間の「人並み」みたいなものは、最初から視野に入っていないのでしょう。だから、年齢も、環境も違う私のことなどは比較対象にはならないのかもしれません。

よく、誰かが自分の境遇を嘆いたときに「でも○○さんはキレイだし/若いし/お金持ちだし/モテてるし/家族も揃ってて仲いいし/才能あるし/仕事できるし/恵まれてるよ!」と返されている姿を目にします。そんな返しでは、その嘆きは埋まらないんですよね。その○○さんは、○○さんなりの基準や体感で「つらい」「自分には何かが足りない」「不幸だ」と感じているわけで、それを別の価値観の軸で生きている人に「恵まれてる」なんて言われても、困っちゃうわけです。ぽこにゃんさんも、私に「恵まれてる」って言われても、「いやそんなこと言われても、26歳の私の周りには、自分よりいい会社で正社員やってる人がいっぱいいるし、結婚して妊娠とかしてるし、その世界で自分は恵まれてない状況がきついんですよ!」ってことだと思います。

「自分の未来を信じて、挑戦することで自分は変えられるとかバカみたいな女性の雑誌では言ってるけど」とありますが、これもぽこにゃんさんにとっては、別世界の人が言ってることに見えるのでしょう。でも面白いのは、そのあとに「どうせ不幸になるならと思うと、挑戦してもお金だけドブに捨てるだけだし、と思ってしまい」と続くところです。一度、イメージはしているんですよね。何か挑戦することも浮かんでいる。世界と世界の境目が、ほころぶ瞬間です。ぽこにゃんさんのいる世界と、「自分の未来を信じて挑戦する」人の世界の境目が、一瞬ひらいた形跡が見えます。

ぽこにゃんさんにとって重要なことは、これまでの人生に確かに不運と呼べる出来事があった、ということよりも、「その不運のせいで自分の人生はめちゃくちゃにされた」という被害者意識が消えないことだと思います。これは仕方ないですよね、どこにも怒りのぶつけようのない不運に見舞われたとき、そのやりきれなさというのは、どうしても残ってしまうんだろうと想像します。忘れられない辛い出来事を抱えているのが悪いことだとも思いません。でも、面白いのはぽこにゃんさんが同時に「自分の人生が不幸なのは、不運な出来事のせいだけではない」とどこかで気づいていることです。不運はともかく、自分がうまくできなかったとか、努力できなかったとか、どういう思いなのかはわかりませんが、「自分のせいだ」という思いがなければ、「どうせこれからも同じだ」とは思わないんじゃないでしょうか。

誰かを幸福だと決めつけるのは、ときには、誰かを不幸だと決めつけるのと同じくらい失礼なことです。誰がどんな思いをしているかなんて、わからないですよね。言わなかっただけで、何か起こっていたかもしれない。誰かが何の苦労も知らないように笑っていて、その人が自分より恵まれた環境にいて、瞬間的に「憎い」と思ってしまうことは、私にもあります。そんなとき、「苦労してない人なんて誰もいない」という言葉が頭をよぎることもありますが、それってどうなんだろう? と思うんですよね。苦労している人でなければ、何らかの不幸を知っている人でなければ、自分は受け入れることができないんだろうか? と思うんです。不幸を知らない人なら、憎んでもいいと思っているんだろうか? とも。そんなふうに、一生、誰かと自分を比較して、上下を決めて生きていくんだろうか? 同じぐらい不幸な人としかわかりあえないんだろうか? と考えると、暗い気持ちになります。

自分が不幸であることをアイデンティティにするのは、危険なことです。不幸であることで自分を特別なものだと思ってしまったら、より不幸な人に出会ったとき、どうするんでしょう。勝ったと思うんでしょうか、負けたと思うんでしょうか。いずれにせよ、人との比較で自分と相手の関係を測るというのは同じことです。それは、しがみつくことができるほど強固なものではないと気づいてください。同時に、手放してもどうってことがないものだということも。

どうせうまくいかない、と言いながら、プロポーズはされたいのですよね。何かのきっかけで、幸せになれるんだったらなりたいと思っているんですよね。他人がくれる幸せなんてないですよ。きっかけを他人が与えてくれることはありますけど、人は孤独なものです。たとえ結婚して、他人から見て幸せな状況になっても、自分が幸せを感じなければ、幸せになったとは言えないですよね。それとも、誰もがうらやむような生活ができれば、それが幸せなのでしょうか。

幸せを感じることのできる人は、「自分の所属している周りの世界」を基準にはしていないと思います。誰より勝っているから幸せとか、そういう気持ちでいても、せわしないレースが続くだけです。レースをやるのは疲れます。自分にかまう気力も労力もお金も奪われます。

私はレースから、半分降りています。例外的な職業に就いているので、世間の常識的なレースには参加できない。でも、出版の世界では自分のような人間は普通なので、半分はレースをせざるを得ない。ピリピリした気持ちを味わうこともあります。でも、この年で例えば結婚することになったとして、世間的にはヴァージンロードとか今さらどのツラ下げて、って感じでしょうけど、私はそれはやりたいのでやらせていただきますし、一人でも歩きます。友達に話すと「とんでもねえな」と笑われますが、それができたら私は幸せだろうな、と思います。誰にバカにされても、笑われても、かわいそうだと思われてもかまいません。

レースから降りろ、とは言いませんが、レースの世界がほころぶ部分を大事にしてください。バカみたいな女性の雑誌にでも何でも踊らされて、自分の中に今いる世界の価値観と違うものが入ってくる、ほころぶ瞬間を体験してください。混乱して、自分が幸せなのか不幸なのかわかんないくらいになってください。

それと、「流産すればいい」と祈るような関係の人は、友達ではありません。こんなことを言う自分でいいのですか? 友達も家族も恋人もいて、書かれている文章から頭も良いのだろうとお察ししますが、そんな財産をドブに捨てるみたいな生き方をされていることが、私にはとてももったいなく見えます。どんなに恵まれても、自分の内面は自分で変えるしかないし、逆に言えばどんなに不幸でも、内面を変えることはできます。もしこんな毎日から抜け出したいと思うことがあれば、そのことを考えてみてください。



みなさまの愚痴を、雨宮まみが「穴の底」にてお待ちしております。長文大歓迎!
恋愛相手の愚痴も、職場環境にまつわる愚痴も、誰にも言えない愚痴も、「スポーツジムのおじさんの汗がキモイ…」みたいなしょうもない愚痴も、なんでもござれ。大なり小なり吐き出して気を楽にしませんか?
「どうしたらいいでしょう?」のような相談は受け付けておりません。ごめんなさい。


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雨宮まみ
雨宮まみ(あまみやまみ)
ライター。アダルト雑誌の編集を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさなどについて幅広く執筆。女性性とうまくつきあえなかった頃を描いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』出版後、「こじらせ女子」がブームとなる。他の著書に対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、『タカラヅカ・ハンドブック』
(新潮社)など。

「キレイになりたい!」と言えないあなたに。

『女の子よ銃を取れ』

他人の視線にビクビクしたくない、自分らしく堂々としていたい、かわいい、キレイと言われてみたい……そう思っていてもどうすればいいのかわからないし、「キレイ」への道が怖くてたまらない。
キラキラした「キレイになりたい」本を手に取ることすら怖いと感じるくらい、「キレイ」が重荷になっている人のための、自意識や他人の視線、自分の視線を解きほぐす本です。

雨宮さんより一言:
何をしても、何を買ってもうまくいかない、変われないしパッとしない……。そんな悩みは、本当は多くの人が持っています。それ以前に何をすれば、何を買えばいいのかもわからない人だってたくさんいます。この間まではわかっていたのに、急にわからなくなってしまった人も。そんなときに、自分を取り戻し、新しい自分を作り上げるヒントや、気持ちの持ち方の軸のようなものがあればいいなと思って書きました。落ち込んだときのおともにしていただけると嬉しいです。

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