2014.09.19

「私という存在を無かったことにしてほしい」 雨宮まみの“穴の底でお待ちしています” 第8回

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穴の底でお待ちしています

誰にも言えない、けれど誰かに言いたい、そんな内緒の悩みやモヤモヤ、しょうもないグチからやりきれないつらさまで、穴を掘ってこっそり叫んでみたい気持ちを発散する、「感情の吹きだまり」……。そんな場所がこのコーナーです。あなたのやるせない気持ちを、安心してブチまけてみませんか? 雨宮まみが聞き手をつとめます。長文の投稿歓迎いたします。

(橘/女性/20代前半)
 私は引きこもりです。そしてニートです。中学生の時に不登校になり、なんとか卒業し、心療内科に通い、アルバイトを始めましたが一カ月で辞めてしまいました。それから五年、ほとんど家から出られなくなりました。 2013年は二日間しか家から出ていません。今年に入ってからも、元旦以来外に出ていません。

  自分以外の他者が怖いのです。 私は醜いです。外見が怠慢の塊です。自分以外の他人と対話する時も、道をすれ違う赤の他人も、何を考えてるのか分からなくて、自分が酷いことを言って傷つけてしまわないか、言われて傷ついてしまうんじゃないか、 相手にどう思われているのか、怖くてしょうがないです。今は自分でやらなくてはいけないことも両親や兄弟がやってくれています。インターフォンや家電も出られません。ずっとこのままではいられないのは分かっています。大きな震災があっても、親が自己破産しても、事故に遭っても、ペットが病気になっても、働きたくても、人と関わるのが怖い。自意識過剰なのは、百も承知です。

 テレビで災害や事故で亡くなり、家族や友人が泣いていたりするのを見ると、私の命をあげられたらいいと思います。私がいなくなるべきだと。明らかに病的な外見なのに無駄に健康な体や、図太い神経がなぜ私なんかに与えられてしまったのか。同級生が親になったとか、母校に教育実習に行っているとか、留学経験を生かした仕事に就くらしいとかを聞いても、自分の人生を歩み始めている我が子をその親は誇らしく思っているだろうなと思うだけです。

  見たい映画や舞台、やってみたい仕事もあるし、旅行にも行きたいです。でも、それ以上に怖い。欲が出るたびに自分のダメさを再確認します。逃げてばかりの人生だと思います。自分に向き合うことが辛いです。子供のように泣いて、この文章を書いている間も、PCの横にティッシュの山が存在感を増していきます。でもきっとすぐ立ち直ります。なぜこの図太さを他の部分に持っていけないのか。現状を打開するためのアドバイスも、ダメ人間、親不孝者と罵られても、誰に何を言われても、「そうですね」と思います。 外見ばかりじゃなく内面がそもそもダメなんです。逆切れや無理やり納得しようとしてるんじゃなく、本心で「そうですね」と思うんです。言い訳もなにもありませんすべて事実だから。 誰の目にも触れず、そのまま消えてしまいたいです。 私という存在を、無かったことにしてほしい。家族がどうとか友達がどうとかもうそんなことすら煩わしいほど、私はこの世界からできるだけ早くいなくなりたいです。

(※投稿内容を一部、読みやすいように編集させていただきました。)

 外に出るのが怖い方に、インターネット上でこうしてこの穴の底に来ていただけるとは、なんと良い時代になったことでしょう。外に出られないということは、ヘーゼルナッツシロップの入ったカフェラテとか、そういうカフェっぽいものをお飲みになる機会も少ないかもしれないですね。なかなかおいしいものですので、甘いものがお嫌いでなければどうぞ。シロップが底にたまりやすいので、よく混ぜて飲んでくださいね。そして熱いおしぼりをまぶたにあてて、少し落ち着いてください。

 程度の差がだいぶありますので、引き合いに出して「わかりますよ」という顔をするのもどうかと思うのですが、私にも橘さんのような時期が人生の中で何度かありました。今はフリーで仕事をしていますので、二日や三日、一週間や二週間、外に出られないとか人と会えないとかいう状態でも、基本的には自宅にこもっていられますから、なんとかだましだましやれています。コンビニにしか行かず、一日中ネットを観てるだけだった時期も数年ありました。

 たくさんの人が毎日同じ時間にきちんと会社に出勤し、働いて、帰って、家のこともして……という生活を送っておられるのは、本当にすごいことだなぁ、と私も思います。そういう生活が平気だったり、自分に合っている、という人もいれば、「きついけど、食べていくために必死でやってるんだよ!」「やるしかないからやってるだけで、自分だって向いてるわけじゃない!」という人もいるでしょう。だから、簡単に「私にはできない」と言うことはできませんが、今でも私は数日続けて外出する予定があると、体調が悪くなります。知らず知らずのうちに緊張しているのか、首から背中まで痛いくらい凝りますし、消化器系が全体的に不調になります。「家電に出られない」とのことですが、私も出られませんので家の電話はもう捨ててしまいましたし、携帯も基本的に出られません。チケットを取っていた舞台やライブの当日に、外に出られずチケットを無駄にしたことも数えきれないほどありますし、大丈夫だと思って予定を入れていたのに連続の外出で体調が悪くなり、友人との予定をキャンセルさせてもらうことも多いです。行きたい美術展、映画、時間があってもそれらを全部観られたことはありません。

 私はこんなふうですから、私の世界では「外に出たくない」「消えたい」という気持ちは、「普通」です。私の世界では、橘さんの感じておられることは全然おかしいことではないし、異常でも、すごくダメなことでもありません。私は人が怖いですし、未来が怖いですし、消えてしまいたくなるのは当たり前のことだと思っています。日常的に感じる気持ちです。みんな、生きているだけで偉いと思います。

 橘さんのお言葉からは、「こうしなければ」というプレッシャーが、痛いほど伝わってきます。普通に働かなければ、親に迷惑をかけない子供にならなければ、人に不快感を与えない外見にならなければ、そして、外に出なければ……。橘さんは「欲が出るたびに自分のダメさを再確認します」と書かれていますが、そのことから私は橘さんが「嫌なことから逃げていてはいけない」「嫌なことを克服できなければ、好きなことをする資格はない」「好きなことをする前に、やらなくてはならないことが他にたくさんある」と考えておられるのではないか、と想像いたします。

 「自分と向き合う」という言葉は、よく使われる言葉ですが、橘さんはご自分の姿をすでにかなり正確に把握しておられると思います。把握しているがゆえに「努力をしていない」自分を責め、さらに、責めながら何もしないで泣いている自分の醜さを恥じていらっしゃる。これ以上、向き合ってどうなるのでしょう? 自分と向き合うあまり、自分の姿を罪のように背負ってしまい、身動きが取れなくなってしまっているように見えます。

 苦しいことから逃げないことよりも、今の橘さんに大事なことは、楽しそうなことから逃げないことだと私は思います。人を生につなぎとめるものが「欲」です。橘さんを世界とつないでくれる鍵が「欲」です。欲は、生きるエネルギーみたいなものです。橘さんのおっしゃる「欲」は、私にとっては「夢や希望」です。劇場に通うこと、旅行に行くこと、そういうささいな楽しさの積み重ねの上にしか、私は希望を見出すことができません。人によって何を求めるかは違うでしょうが、誰がそれを贅沢と呼ぼうが、甘えていると呼ぼうが、「もっと他にすべきことがあるんじゃないのか」と言おうが、自分にとって快いものを知っているということは、生きる方法を知っているのと同じことなんです。欲が見せてくれる新たな地平を見つめているときだけ、人は自分の姿を見つめることから逃れられます。それぐらい、自分を見つめてばかりいるのは、誰にとってもたぶんつらいことなんですよ。自分にできることなんかたかが知れてますから、そんなことを毎日思い知っていたら、生きていかれないです。

 橘さんが「人が怖い」とおっしゃるのは、人が自分を見つめる視線の中に、自分を見てしまうからではないでしょうか。客観性がすごく強く、だからこそ橘さんはこんなにわかりやすい文章が書けるのでしょう。客観性の強い人は、しばしばその客観のほうを信じ、自分が望んでいることを見失いがちです。自分が望んでいないのに、「しなければならない」「できなければならない」と思うことにも非常に強く縛られることが多いです。誰に見られても恥ずかしくない自分になること、自分の食べる分は自分で稼ぐ「まともな人間」になることが、世の中では正しいことだと思われていますよね。でも、それは言い換えれば「人に迷惑をかけるなよ」という強いプレッシャーに過ぎません。このプレッシャーは、私が知る限り、年々強くなっているようです。

 「正しい」って、なんでしょうね。私は自分なんかより、はるかに才能があって努力していて、何より「生きたい」と望んでいた作家さんが亡くなったとき、自分よりあの人が先に死ぬ世の中は間違ってる、と思いました。自分が一生の間に書くであろう文章よりも、その人の書いた文章のほうが価値があると今でも思っています。命をあげたくても、あげることはできませんでした。世の中は正しくありません。正しくないんですから、安心して間違えてください。

 私は、この間違っている世の中が自分に与えてくる、死にたくなるほどのプレッシャーに負けて死ぬのだけは嫌なんです。生きたいと積極的に思ってないのに生かされてるだけでも苦痛なのに、「まともにできない」というだけで死にたいと思わされて、死に追い込まれるのは嫌なんですよ。私の考えていることは、おかしいでしょうか。歪んでいて、ねじ曲がっているでしょうか。そう思う一方で、生きていて良かったと思うこともあるんです。めちゃくちゃですよね。自分が今、どのような考えのもとに、どのような位置にいるかなんて実はあまり重要じゃなくて、正しいか間違っているかなんてことすら重要じゃなくて、「生きている」という事実だけがすべてなんじゃないかと思うこともあります。楽しいこともつらいことも、フラッシュライトが点いたり消えたりするときに明暗が通り過ぎていくようなもので、その瞬間ごとに見えている世界がまるで違うような感じなのかなと思うんです。めちゃくちゃだけど、そんなもんなのかなという気もするんです。

 橘さんは今年は元旦に外出されたのですね。ご家族のみなさんと初詣に行かれたのでしょうか。もしも外に出られることがあったり、ご家族の方に頼みごとができるなら、そして未見であれば、アルフォンソ・キュアロン監督の『トゥモロー・ワールド』と、『ゼロ・グラビティ』という映画を観てみてください。私は、橘さんがこのような状況の中で、一度も「死にたい」とお書きにならなかったところを尊敬します。その言葉を避けてお気持ちを書かれたことが、どんな理由にせよ尊いことだと思います。客観的に考えて書かなかったにせよ、主観的に考えて気持ちにフィットしなかったから書かなかったにせよ、それはまぎれもない橘さんの「判断」です。どちらにしてもとても理性的ですし、知的です。どうか、この世界からいなくなる前に、楽しいことをしてください。何かに夢中になって、自分のことや周りのことを見つめるのを忘れる瞬間を味わってください。生きている限り晒される比較の視線から、心底逃れられる時間の中に浸ってみてください。もっとちゃんと逃げてください。逃れてほっとできる場所にたどり着かなければ、冷静に考えられないこともあります。図太くて健康だと書かれていますが、それは生きることに向いている要素です。望んでいるかどうかに関わらずこうした要素を与えられて、同時に人が怖いという生きづらい要素も与えられる、めちゃくちゃな人生をどういうふうにするか、逃げた先で改めて考えてみてください。


みなさまの愚痴を、雨宮まみが「穴の底」にてお待ちしております。長文大歓迎!
恋愛相手の愚痴も、職場環境にまつわる愚痴も、誰にも言えない愚痴も、「スポーツジムのおじさんの汗がキモイ…」みたいなしょうもない愚痴も、なんでもござれ。大なり小なり吐き出して気を楽にしませんか?
「どうしたらいいでしょう?」のような相談は受け付けておりません。ごめんなさい。


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雨宮まみ
雨宮まみ(あまみやまみ)
ライター。アダルト雑誌の編集を経て、フリーライターに。女性の自意識との葛藤や生きづらさなどについて幅広く執筆。女性性とうまくつきあえなかった頃を描いた自伝的エッセイ『女子をこじらせて』出版後、「こじらせ女子」がブームとなる。他の著書に対談集『だって、女子だもん!!』(ポット出版)、『ずっと独身でいるつもり?』(KKベストセラーズ)、『女の子よ銃を取れ』(平凡社)、『タカラヅカ・ハンドブック』
(新潮社)など。

「キレイになりたい!」と言えないあなたに。

『女の子よ銃を取れ』

他人の視線にビクビクしたくない、自分らしく堂々としていたい、かわいい、キレイと言われてみたい……そう思っていてもどうすればいいのかわからないし、「キレイ」への道が怖くてたまらない。
キラキラした「キレイになりたい」本を手に取ることすら怖いと感じるくらい、「キレイ」が重荷になっている人のための、自意識や他人の視線、自分の視線を解きほぐす本です。

雨宮さんより一言:
何をしても、何を買ってもうまくいかない、変われないしパッとしない……。そんな悩みは、本当は多くの人が持っています。それ以前に何をすれば、何を買えばいいのかもわからない人だってたくさんいます。この間まではわかっていたのに、急にわからなくなってしまった人も。そんなときに、自分を取り戻し、新しい自分を作り上げるヒントや、気持ちの持ち方の軸のようなものがあればいいなと思って書きました。落ち込んだときのおともにしていただけると嬉しいです。

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