「恋は突然に」 恋愛短編小説『恋百色』 第26話(最終回)

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恋百色

誰かが誰かを好きになって、ちょっぴり涙する。そしてピョンとはずむ。いつもより少しだけ高く。
誰かがあなただけに打ち明ける、失恋ショートストーリー

第1・第3曜日更新

作・みよろり

第26話「恋は突然に」

恋は突然に始まる。

 職場に新しい事務員が入って来た。女性の多いココには非常に貴重な、20代の男。しかもイケメンクオーター。名前は津山ジョン武志。

 経理の幸子さんが、お茶を汲んで津山くんのデスクにそっと置いた。お局の幸子さんがお茶を出すなんて、異常事態。

 食堂のおばちゃんたちも、いつもと様子が違う。普段は演歌がかかっているのに、今日はクラシック。しかも、津山くんのカレー、盛り過ぎ。私のと全然違うじゃん。

 みんな舞い上がっている。

 そんな中でも特に目立ってたのは、智奈美さん。みんなが驚いた。普段はメイクなんてほとんどしないのに、今日はピンクのチークに、真っ赤なグロス。お世辞にも化粧が上手いとは言えない。だからこそ目を引く。津山くんも引く。

「ぞっこんね。もう夢中だわ」

 智奈美さんを見て保健師の理々子がそう言う。

「女はいつだって、恋できるものなのね」

 偉そうに智奈美さんのことを分析しているけど、理々子だって浮き足立ってるじゃん。あんたいつもなら、あと1オクターブ声が低い。

 だけど、みんなの浮かれた気分は、翌日には地に落ちた。津山くんが、左手薬指に指輪をはめて来たのだ。

「結婚してたの?」「ええ。まだ式は挙げてないんですが、籍だけは少し前に」

 なぜ今日は指輪をしてきたんだろう。女たちの、しかも津山くんにとってはみんな年上の、色めき立った様子にうんざりしたのか。それとも心配した妻が指輪をはめて行かせたのか。とにかく、私たちの意気をくじくには充分効力があった。智奈美さんという例外を除いて。

 お昼前、ボクサーのパンチを喰らったかのような濃紺アイシャドウをつけた智奈美さんが、事務室にやって来た。そして、津山くんをランチに誘った。

「お昼、誰かと一緒?」「いいえ」「じゃ、ご飯、行きましょうよ」「ええっ、あ、はい、も、もちろん」

 津山くんは、馬鹿正直で押しに弱いらしい。

 食堂で向かい合って座る、智奈美さんと津山くん。周りのみんなが智奈美さんを冷やかす。智奈美さんはどこ吹く風。

「津山くんのハンバーグ、美味しそうね」「中島さんのサバ煮だって」「あら、下の名前で呼んで欲しいわ」「えっと……」「智、奈、美」

 智奈美さんは夢中だけど、津山くんはもちろんその気がない。津山くんが髪をかきあげる。たぶん、薬指の指輪をアピールしているのだ。

 きっと智奈美さんだって指輪には気付いている。だけど気にしない。智奈美さんは言う。「私、愛人でもいいのよ」と。智奈美さんは恋を楽しんでいる。

「ところで、津山くん、おいくつ?」「もうじき26です」「若いわね」「いえいえ、もう……いや、はい、若造です」

「私、いくつだと思う?」
 
 女がこういう質問をした場合、男は必ず予想よりもかなり下の数字を言っておくべきだ。だけど、津山くんのあの表情。やばい、真剣に考えている。ダメだ、馬鹿だ、黙りなさい津山くん!

「85!」

 食堂が静まり返った。いや、この老人ホームのビルごと静止したようだった。智奈美さんは、今年80歳になったばかりなのに。

 かじりかけのサバ煮と、「正解?」と顔で問う津山くんを残して、智奈美さんは席を立った。

 恋は突然に始まり、そして突然に終わる。

〈第26話(最終話)「恋は突然に」おわり〉

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みよろり
関西出身、牡牛座、AB型。広告代理店、出版社を経て、フリーライターに。世間の幸と不幸を吸収し、ゆるりと執筆中。

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