「アネモネの花」 恋愛短編小説『恋百色』 第17話

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恋百色

誰かが誰かを好きになって、ちょっぴり涙する。そしてピョンとはずむ。いつもより少しだけ高く。
誰かがあなただけに打ち明ける、失恋ショートストーリー

第1・第3曜日更新

作・みよろり

第17話「アネモネの花」

 どちらかと言えば楽天家、プラス思考な女だと自分では思ってたけど、違ったみたい。今まで楽天的でいられたのは、それは単に、自分の置かれている環境が良かっただけなのよ。悪い状況の中でさえ顔を上げて笑えるだけの、花のような強さは、私には無かった。

 悪いことって続く。家に空き巣が入ったのが去年の秋。年の暮れには、仕事先のピザ屋が潰れ、同じ日に彼氏の浮気が発覚した。年が明けて、心機一転、今年こそは良い一年にしようと張り切っていた矢先、私は歩くことができなくなった。

 突然、脚の付け根に激痛が走った。立ち上がることもできなくなって、手術を受けた。でも結局、痛みは無くならなかった。先生はリハビリでまた歩けるようになるって言うけれど、立ち上がる度に全身を駆け抜ける激痛が、私に教えるの。「もう無理だよ。もう歩けないよ」って。だから毎日、一日中ベッドの上で小さいスマホの画面をのぞいて、この境遇から意識を逸らし続けている。

 でも最近、姉の礼子が「家から出なさい」と口うるさい。「外の空気を吸えば、気分も晴れるわ」と。私からすれば、それはとても残酷な提案。外へ出ても、気分なんか晴れるわけない。春の陽気に浮かれている人たちを見れば見るほど、自分の惨めさが際立つ。パステルカラーの春と、ネイビーな私の憂鬱は、あまりにコントラストが激しい。

「問答無用。行きましょう保奈美!」

 礼子は、私の気持ちなどおかまいなしに、車いすに私を乗せて家を出た。向かったのは近くの自然公園だった。4月の公園は、春に彩られていた。新緑が目に痛かった。陽射しが頬に痛かった。手をつないで歩く恋人たちが心に痛かった。全ての幸せの種は、私にグルーミーな花を咲かせた。来て早々、私は家に帰りたいという思いでいっぱいになった。

 ところが。大きなケヤキの樹の近くを通りかかったとき、私はあるものに目を奪われて、咄嗟に「ここで止めて」と礼子にお願いした。そして車いすから、側にあった黄色いベンチへと体を移し、前方の花壇を長い間じっと見つめた。

「あれは、アネモネの花よ」

 横に腰掛けた礼子がそう教えてくれたけど、私は花を見ていたわけじゃない。アネモネを熱心に撮影する男に釘付けになっていたのよ。男は、浮気相手を選んだ前の恋人に、大好きだったあの人に、少しだけ似ていた。だけどその男は、浮気などせず、ただひたすらアネモネだけをカメラで撮り続けていた。

 翌日、私はわずかな期待を胸に、痛む体を起こして独りで自然公園へと出かけた。男は、昨日と同じように、アネモネの花壇にいた。

 その翌日も、その翌日も、男はそこに現れた。私には、男がなぜアネモネを毎日撮影するのかは分からない。研究者による記録なのか、それとも、芸術家による一連の作品なのか。でもそんなことはどうでも良かった。その名も知らない男の顔を見られることが、この時の私のささやかな悦びだった。

 ある日、私はアネモネの花言葉を調べた。「奇跡の出会い」「運命の人」「永遠の愛」ポジティブな言葉をたくさん思い浮かべながら、パソコンのキーボードを叩いた。でも、現実は甘くはない。アネモネの花言葉は「はかない恋。恋の苦しみ」。さらにもう一つ、悲しい事実を私は知った。アネモネの花期は、5月まで。

 5月にさしかかって、アネモネの季節も終わろうとしている頃、気分一新、私は美容室で髪を切った。爪を塗って、久しぶりにスカートを穿いた。お洒落にキメて自然公園へと出かけたの。今日は遠くから眺めているだけじゃなく、近くに寄って、男に私の姿を見てもらおうと、そう思った。

 いつもの黄色いベンチではなく、しおれ始めたアネモネの花壇の前で、私は男を待った。本を読むフリをしながら、今か今かと胸を躍らせて。

 そして男はやって来た。男はいつもの通りカメラを取り出して撮影を始めた。何も言わずに、シャッターを切り続ける男。

 私を見てよ、ここにいるのよ。邪魔なはずでしょう、アネモネを撮るのに。声をかけてよ、一言で良いの。そこをどいて下さいとか、ごめんなさいとか。たった一瞬でいいの、私を見てくれれば。

 でも男は口を開こうとしない。レンズをのぞくばかりで、私を見ようともしない。私はこれ以上、男の撮影の邪魔をするのが嫌になって、車いすのホイールに手をかけた。その時だった。

「もう少しそのままで。素敵ですから」

 男の声は、好きだったあの人と、やっぱり少し似ていた。私は、鏡を見なくても自分の顔が真っ赤になっているのが分かった。恥ずかしくて、顔を上げることができなかった。しばらくして写真を撮り終えると、男は「ありがとう」と言って、帰って行った。

 私は立ち去る男の背中を目で追いながら、きっと明日はこの人は来ないだろうなと思った。明日から、私、どうしようか。この私の問いに、またゆっくり歩き始めればいいじゃないと、少し元気を取り戻した私が応えていた。

〈第17話「アネモネの花」おわり〉

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次回予告
第18話「二人の男」 4月16日(水)更新

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みよろり
関西出身、牡牛座、AB型。広告代理店、出版社を経て、フリーライターに。世間の幸と不幸を吸収し、ゆるりと執筆中。

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