恋愛短編小説『恋百色』 第8話 「時計仕掛けの彼氏」

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恋百色

誰かが誰かを好きになって、ちょっぴり涙する。そしてピョンとはずむ。いつもより少しだけ高く。
誰かがあなただけに打ち明ける、失恋ショートストーリー

第1・第3曜日更新

作・みよろり

第8話「時計仕掛けの彼氏」

彼が身につけていた懐中時計は、お手製の特別仕様のものだった。忙しい彼は常に、健康でもお金でもなく、時間を最優先に生活していた。時計仕掛けのような人だった。
 
「ちょっと変わってるけど、根はいい人なのよ。恵美ちゃんも、そろそろ恋人作ったほうがいいと思って」
 
私が、田所と出会ったのは叔母の紹介だった。叔母は何かとお節介をやきたがる。最初は断ろうと思ったが、4年も恋人不在だった私は、会ってみるだけならまぁいいか、と軽い気持ちで、もちろん期待も少しは抱きつつ、田所と会う約束をした。
 
叔母の情報では、田所は都内にある工業大学の機械工学科の研究室で助手を務めているらしい。歳は私の3つ上の33。顔が瀧廉太郎に似ていると叔母は言ったが、私には「瀧廉太郎」がピンとこなかった。
 
彼は、待ち合わせのカフェに4時ちょうどに現れた。昔の人のような彫りの浅い、アカ抜けない顔だった。けれど、そういう顔だからこそ黒ぶちの丸眼鏡がよく似合っていたし、レトロなケーブル編みの白いニットも上手く着こなせていた。叔母が、田所はフラれてばかりで女に縁がない、などと言っていたが、そういう風には見えなかった。
 
「は、はじめまして。田所です」「あ、野口恵美です」
 
コーヒーとカフェラテをそれぞれ頼んで席についたが、お互い緊張して会話が続かない。すると、田所はおもむろにポケットから何かを取り出して私の目の前に広げた。
 
それは懐中時計だった。銀色の上蓋を開けると、黒い長針と短針が時間を刻んでいる。針の乗ったガラス製の文字盤を通して、精巧なネジや歯車がぎっしりと詰まっているのが見えた。
 
「僕が作ったんです。1時間が55分で回るように改造されています。1時間で5分の短縮。1日で120分。1ヶ月で60時間。1年にすると、だいたい30日分の節約です。1年のうち1ヶ月、僕は他の人より多くの時間を持っているんです」

目をキラキラと輝かせながら時計の仕組みを話す田所に、私は興味を抱いて、また会う約束をした。次のデートでは、私の希望で映画を観に行くことになった。古いフランス映画が好きな私は、渋谷のミニシアターでリバイバル上映されている『天井桟敷の人々』がどうしても観たかったのだ。
 
結局、その2回目のデートが私たちの最後のデートになってしまう。
 
約束の日、私が田所を大学まで迎えに行くと、彼は学校の図書室へと私を案内した。シアターではなく図書室の視聴覚コーナーで映画を観ようと言うのだ。渋谷までの道のりを省きたいのだろうと私は思った。少し、いや、かなり不満だったがそれでも仕方ないと我慢した。彼は忙しい研究者なのだから。
 
二人で椅子に腰掛けてヘッドホンを装着した。小さなモニターの中で映画が始まると、私は違和感を覚えた。ジャン・ルイ・バローってこんなに甲高い声だったっけ、と。理由はすぐに分かった。田所が2倍速で映画を再生していたのだ。
 
「だって、これ3時間以上もあるよね。僕はいつだって映画を観る時は倍速だから」
 
映画好きにとって、これほど滑稽な話はない。これなら観ないほうがマシだ。私はよっぽど途中で帰ろうかと思ったが、叔母の顔がよぎり、我慢我慢と念じて映画を観続けた。
 
その後も最悪だった。図書室を出た後、田所は近くのフレンチレストランに私を連れて行った。予約してあるんだ、と得意げに彼は笑った。店に着くと、私は唖然とした。テーブルにはすでに全ての料理が並べてあったのだ。前菜からスープ、お魚、肉料理、おまけにデザートまで。犯人はもちろん、田所。苺のジェラートがゆっくり溶けていった。
 
私の中で、張りつめていたものがプツンと切れた。「馬鹿じゃないの。こんなのだから、あなた誰とも付き合えないのよ。分かる?寄り道にこそ収穫があるの。人生も、研究だってきっとそうよ。こんなんじゃ、万年助手のままね」田所は電池が切れたロボットみたいに、じっとうつむいて私の罵声を聞いていた。「あなた時間を人より多く持ってるって言ったけど、違うわ。むしろ少ないのよ」私は彼を置いて店を飛び出した。
 
それっきり私は彼と連絡をとらなかった。叔母には「すごく落ち込んでるらしいわ」とか「あなたのために時間を作ろうって努力してたのよ」とか、同情を誘う文句をさんざん言われたが、聞く耳を持たなかった。ただ、「懐中時計、こわしたらしいわ」と聞いた時はさすがに心が痛かった。
 
それから2年ほどして、私は意外な場所で田所と再会した。そこは映画館だった。田所は女子トイレの前で誰かを待っている様子だった。私は意を決して田所に声を掛けた。「私のこと、覚えてますか?」田所は少し驚いた表情で、照れくさそうに会釈した。
 
「今さらだけど、ごめんなさい。私、あの時は言い過ぎました」「いいんだ」「懐中時計、こわしたって?」「うん。でも、それで分かった気がする」
 
その時、トイレから女性が出て来た。田所はその人を私に紹介してくれた。リツコさんという、おっとりとした綺麗な女性だった。
 
「今さらだけど。ありがとう」田所はそう言って、恋人と街へと出て行った。

〈第8話「時計じかけの彼氏」おわり〉

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次回予告
第9話「おセンチなサンタ」 12月4日(水)更新

みよろり
関西出身、牡牛座、AB型。広告代理店、出版社を経て、フリーライターに。世間の幸と不幸を吸収し、ゆるりと執筆中。

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