恋愛短編小説『恋百色』 第7話「若いツバメ」

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恋百色

誰かが誰かを好きになって、ちょっぴり涙する。そしてピョンとはずむ。いつもより少しだけ高く。
誰かがあなただけに打ち明ける、失恋ショートストーリー

第1・第3曜日更新

作・みよろり

第7話「若いツバメ」

由香さんがね。あぁ、私の勤めてるインテリアショップの女社長なんだけど。由香さんが、憂うつな顔して言うのよ。「どうしよう。若いツバメが日本に帰って来たわ」って。「秋なのに、ツバメですか?」って、新人のメグミちゃんが聞いたら、「ツバメじゃないわ。わ、か、い、ツバメよ」少し強い口調で由香さんはそう言った。メグミちゃん、初日そうそう冷たく当たられて、目をシロクロさせてた。

『若いツバメ』…年上女性の愛人となっている「若い男性」を指す俗語。辞書にはそう書いてあった。それ見て私、ある男の子を思い出したの。誠司くんていう、由香さんの愛人だった男の子を。

5年くらい前かな。ショップの業績がぐんぐん上がって、支店を出そうかって時でさ、羽振りが良くって、由香さんの気持ちも大きくなってたんだと思う。それに、旦那さんは旦那さんで会社経営してるのね。今でこそ仲がいいけど、その時は忙しくて由香さんのこと、かまってられなかったみたい。それで、胸に渦巻く、高揚感とか、淋しさとか、オンナとか。そういう気持ちが15歳も離れた男の子との危ない関係に向わせちゃったのよ。そんな女社長と、いちアルバイト青年との関係は、ショップでは公然のものだった。

もちろん由香さんにとっては、ちょっとした火遊びよ。経済的に豊かな女の一時のアバンチュール。誠司くんの方だってお小遣い稼ぎのつもりだと私たちは思っていた。由香さん自身もそう思っていたはず。小遣い目当てでオバさんの相手をしてくれてるんだって。そりゃまだまだ由香さん若いけど、15も離れてれば、オバさんよ。

ところがある時、誠司くんが「離婚して、俺と一緒になって欲しい」って言い出したらしいの。相手は本気だった。びっくりでしょ。そんなことするつもりないわよ、由香さんは。ショップだって旦那さんが出資してるんだもん。でも誠司くんは「俺が頑張って働くから、逃げよう」とまで言ったらしい。まだ20歳の大学生だっていうのに。

由香さんはいっきに興ざめしちゃったんだって。そりゃそうよ。まだクチバシの黄色いヒナが一丁前なこと言うんだもん。それが切っ掛けで由香さんは別れを決めたわけ。

その後、二人の間でどんなやりとりがあったのか、由香さんは珍しく教えてくれなかった。いつもは自分からペラペラ話してくれるのに。ただ、すぐに誠司くんがロンドンへの留学を決めて、その費用を由香さんが肩代わりしたってことだけは聞いたわ。

やっぱり、それなのよね。お金。留学費用を引き出すために、誠司くんはごねてみせたんだって私はそう思った。その時は、ね。

「誠司くん、日本に戻って来るんですね」私の問いに由香さんはコックリと頷いた。「帰ったら会いましょうって、メールがきたわ」「どうするんですか?」「返信してない。会うつもりないから」由香さんは弱々しい声でそう言うと、5年前にどういう別れ方をしたのか、ようやく私に教えてくれたの。

5年前、誠司くんはこう言ったらしい。インテリアデザインの勉強をしにロンドンに行きたいって。それで、デザイナーとしての道が決まったら、由香さんを迎えに来るって。それまでに、今までの生活を選ぶか、俺との生活を選ぶか決めておいて欲しいって。ちゃんと独り立ちした男になって戻って来るからって。由香さんはただ、申し訳ない気持ちでいっぱいで、手切れのつもりで留学の費用を出したんだって。留学してる間に、きっと自分のことなんか忘れてくれるだろうって。

でも結局、ツバメは帰って来たの。日曜日だった。紺のトレンチコートを着た誠司くんが、大通りの向こうからショップの方へと歩いて来るのが見えたわ。ガラス越しに見えるその姿は、ずいぶん大人っぽくなっていた。

ちょうどその時、由香さんは店でお得意様の接客をしていた。誠司くんが迎えに来たなんて思いもしないで。

誠司くんがどんどん近づいて来る。由香さんは気付かない。誠司くんは一歩一歩、スイスイと滑るように。私は息をのんだ。そして、とうとうツバメはショーウインドウの前までやって来たの。

接客する由香さんの姿を見て、誠司くん、驚いて、目を丸くしてた。目にはゆっくりと、いっぱいに涙が溜まった。それから下を向いたわ。その後、少しだけ。少しだけ、笑った気がした。私にはそう見えたの。それからくるりと身をひるがえして、誠司くんは元来た道を帰って行った。

やっぱり、誠司くんは由香さんのことが本当に好きだったんだなって、私その時思い知った。じゃなきゃ、妊婦の由香さんを見て、微笑んだりできないもの。

お得意様と一緒にレジの方にやって来た由香さんが、自分の臨月のお腹を撫でながら、ふと通りの方へと視線を向けたの。でも、もうその時には誠司くんの姿はなかった。

若いツバメはようやく本当に巣立って行ったんだなって、そう思った。

〈第7話「若いツバメ」おわり〉

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次回予告
第8話「時計仕掛けの彼氏」 11月20日(水)更新

みよろり
関西出身、牡牛座、AB型。広告代理店、出版社を経て、フリーライターに。世間の幸と不幸を吸収し、ゆるりと執筆中。

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